「浸潤を触れる紫斑」とは何か

紫斑について勉強していると、「浸潤を触れる紫斑」という言葉が出てきます。

 

「浸潤」というと、組織学的には細胞が周囲組織に広がる様子を指すので、皮疹に対して「浸潤」が「触れる」というのは馴染みが薄いかもしれません。

 

しかし、この表現に関してネットに情報が少ないため、我こそは、ということで以下解説します。

 

浸潤を触れる紫斑は目をつぶっても認識可能

浸潤を触れる紫斑を英語で “palpable purpura” と言い、逆に浸潤を触れない紫斑は “nonpalpable purpra” と言います。

 

「触診」を”palpation” と表現するので、 “palpable” は「触知できる」という意味になります。

 

よって”palpable purpura” は直訳で「触知できる紫斑」 です。(”purpura”は紫斑のこと)

 

これを日本語では「浸潤を触れる紫斑」と表現しているということです。

 

浸潤を触れる紫斑は、指で注意深くなぞると僅かな隆起や硬さの変化を感じることができ、その変化自体は「浸潤」と言います。

 

 

表皮肥厚、表皮内・表皮下への細胞浸潤、表皮下の浮腫

わざわざ「浸潤」という言葉を使う理由は何か。

 

紫斑が触知できる状態は病理学的に表皮の肥厚、表皮内や表皮化への細胞浸潤、表皮下の浮腫があり、この状態は一般的な医療用語としての「浸潤」と一致しそうです。

 

触知できるかどうかが、「浸潤」があるかどうかという病理学的所見につながるため、このような用語が生まれたと想像します。

 

 

浸潤を触れる紫斑は血管炎の所見

僕は「何らかの意義があるからその医学用語は存在する」と日頃から信じていますが、紫斑の浸潤も診断上重要な意味があります。

 

紫斑をみた際には、

  • 血管炎
  • その他(血小板減少性、血管脆弱性等)

の鑑別が重要であり、その指標は「浸潤を触れるかどうか」です。

 

浸潤を触れる紫斑は血管炎をバックグラウンドとしており、その他の場合には基本的に浸潤を触れません。

 

ただし、軽症の血管炎に関してはその限りではありませんが…

 

 

まとめ

  • 「浸潤を触れる紫斑」は触知可能な紫斑である
  • 「浸潤」は表皮周辺への細胞浸潤などを指す
  • 浸潤を触れる紫斑」は血管炎の所見である

 

以上です。

 

間違い等ありましたら “Contact” から僕のTwitterにDMください。(近々コメント欄を開設する予定ですが間に合ってません。申し訳ございません。)

 

参照

  1. 清水宏『新しい皮膚科学』第3版,中山書店,2018 (p. 165)
  2. 「身体所見の意義と身体所見のとり方」 ( https://www.igaku.co.jp/pdf/1203_resident-02.pdf ) (accessed on 2018/9/18)
  3. 「ANCA関連血管炎の皮膚病変」 ( https://www.jstage.jst.go.jp/article/arerugi/63/3-4/63_KJ00009514707/_pdf )(accessed on 2018/9/18)

コメント

タイトルとURLをコピーしました