大人の集まりに行くと、医学生だからといって僕に健康相談をする人がいる。
先日ある社会人オーケストラの集まりで、高校生の娘さんを持つ女性と「ニキビ」の話になった。
その方は娘さんのニキビに悩んでおり、医学生の僕に相談してきたのだ。
曰く、「娘はチョコレートに目がなく毎日食べているが、これは如何なものか。チョコレートはニキビに悪いんでしょう?」と。
大人と会話する時に重要なのは、当たり障りのない返答である。
この場面で、「別に食べても良いんじゃないでしょうか」という結論を出すことは好ましくない。
これは、「娘を説得するために、医学生の言質をとりたい」という母親の期待を踏みにじる可能性があり、大人のタブーである。
したがって僕に与えられた選択肢は、以下の2つに絞られた。
- 「チョコレートはニキビに関係すると思います。やめさせたほうが良いでしょう(真面目な顔で)」
- 「勉強不足でチョコレートとニキビとの関係は詳しく知らないのですが、余り糖分を取りすぎるのもアレですし、やめといたほうが良いんじゃないでしょうかね(笑顔を交えて)」
僕が選んだ返答は1番目の
「チョコレートはニキビに関係すると思います。やめさせたほうが良いでしょう(真面目な顔で)」
だったが、以下に紹介する論文を読み、深く反省した。
【論文】 Fulton JE Jr, Plewig G, Kligman AM. Effect of chocolate on acne vulgaris. J Am Med Assoc 1969; 210: 2071–2074.
これはチョコレートとニキビの関係を調べたアメリカの論文である。
実験の方法
この論文で行われている実験方法を簡単に説明する。
まず65人の尋常性痤瘡(ニキビ)患者を、
- 板チョコを食べさせるグループ
- チョコレートを含まない「板チョコもどき」を食べさせるグループ
に分けた。
板チョコは通常の10倍のチョコレートを含み、被検者は「板チョコ」または「板チョコもどき」を1ヶ月間、毎日2枚食べる(正確にはクロスオーバー試験をしています)。
そして最終的に両グループの間で、ニキビの数に差が出たかを調べる。
ところで毎日2枚の板チョコを1ヶ月も食べ続けることを想像して欲しい。
多分板チョコはアメリカンサイズなので相当大きいし、これは相当辛いはずだ。
僕は一週間もすれば絶対に嫌になる自身があるのだが、アメリカ人にとっては余裕なのだろう。
実験の結果
意外にもチョコレートはニキビの発生や悪化に関係しないという結果が出た。
僕自身、チョコレートはニキビに悪いと思っていたので驚いたが、科学の面白さはこういうところにあると思う。
論文の結果を受け、女性の方にどのような対応をすべきだったかを考察する
この論文ではコントロールとして板チョコもどきを食べさせているので、実際には「チョコレート成分そのものとニキビの関係」しか分からない。
もしかしたらチョコレートに含まれる砂糖や脂肪はニキビに関係するかもしれない(砂糖に関しては関与を否定する論文がありますが)。
しかしきっとその娘さんは、チョコレートをやめたところで、別の食べ物から同じ量の砂糖と脂肪を摂取するだろうから、純粋なチョコレート成分とニキビの関係がわかったことは大きい。
当然この論文だけで「チョコレートはニキビと関係しない」と断言することは出来ないが、ニキビの悪化防止という観点でチョコレートをやめさせる必要はそんなに大きくないだろう。
少なくとも、
「チョコレートはニキビに関係すると思います。やめさせたほうが良いでしょう(真面目な顔で)」
という僕の回答は医学的に望ましくなかった。
例えまだ医学生の身であっても、医学的な話題に対してあやふやな印象のみに立脚した発言をしてはならなかったと思う。
つまり、例の女性の方への適切な返答は、
「勉強不足でチョコレートとニキビとの関係は詳しく知らないのですが、あまりり糖分を取りすぎるのもアレですし、やめといたほうが良いんじゃないでしょうかね(笑顔を交えて)」
だったのである。
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