2019年2月14日21時 某市民病院救急外来にて
(さて次の患者さんだな。21歳男性。主訴は腹痛・嘔吐・下痢。それで体温が38.0℃か。まあ食中毒も視野に入れて聞いていくことにしよう。)
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スタスタスタ….
コンコンコン….
ガチャッ
スッ
「よろしくお願いします…」
——— どうぞこちらにおかけください。
——— 今日はどうされましたか?
「はい、、、先程、突然お腹が痛くなりまして…」
——— お腹が痛いんですね。嘔吐や下痢なども?
「ええ、家で突然お腹が痛くなったと思ったら、ひどい下痢で…しかも2回ほど吐いてしまいビックリして、流石にお医者さんにみてもらおうと…」
——— そうでしたか、、、それはお辛いですね。
(やはり食中毒っぽさはある。最近ノロウイスルが流行っているのも気になるところだ。)
——— 家族含め、まわりで同じような症状の人はいましたか?
「いやぁ…あまりそういった話は聞きませんね、、」
(そういった話を聞かないって、もしや大学サボってるのかな?)
——— なるほど。今日は大学とかアルバイトとか行きましたかね?
「1限から大学がありました。自分、朝が弱いもので、遅刻してしまいましたが。アルバイトとかは特にやってません」
——— 1限は大変ですよね。私が学生の頃も、よく遅刻していたものです。大学へは電車で?
「はい、電車で30分ほど」
——— 今日の電車で近くの人が吐いてしまったり、吐瀉物が床に広がっていたりしましたか?
「いえ、なかったです」
(うーん、誰かから移されたというのは考えにくいかもしれない。やはり食事だろうか。食事中心に聞いていくことにしよう。)
——— 最近生牡蠣や生卵、生魚を食べたということはありますか?
「ないですね、、、生ものはあまり好きではない方でして」
「あ、でも」
(ん? なんかニヤついているなw)
「バ、バレンタインでもらったチョコとかは食べました、ハハハ」
(なるほど分かったぞ、どうせ手作りのチョコを食べたとかいうんだろう? 今日はバレンタインデーだもんな)
——— あーー(笑) お兄さんモテるんですねぇー。手作りのお菓子とかもらっちゃったりするんですか???
「今年は沢山もらっちゃって、ヘヘっ、、、三人くらいから手作りのチョコをチョット…やっぱそれが原因ですかね?(ニヤニヤ)」
(コイツ、人から手作りのチョコをもらっといて、「それが原因ですかね? 」なんて失礼極まりないなw クソーなんて幸せな野郎なんだ)
——— なるほど、それで心配しているのですね。
「ま、まぁそういうことになりますねw」
(まあ実際のところコイツの腹痛の原因として手作りチョコは怪しいわな。原因菌を特定するためには、やはりそれをいつ食べたか、そしていつ発症したかが重要だ。で、潜伏期間がどのくらいなのか。)
MEDIC MEDIA “year note 2019” より引用
——— ちなみにそのチョコ、いつ食べました?
「ええまあ、今日の3時のおやつで全部食べちゃいました、嬉しくて、へへ」
——— 症状が出始めたのは?
「6時頃だったと思います」
(潜伏期間が3時間。ふむ、黄色ブドウ球菌か。手作りチョコなら十分あり得る。ほぼ確定だろう、よしよし)
(いやしかし、1つ気になることが…)
(この患者には発熱が、ある…そして訴えている症状の割には、やけにニヤつきが強く、元気そうだ。)
(しかも黄色ブドウ球菌の場合、「突然お腹が痛くなる」というのは典型的でない。)
(そうだ身体所見だ)
【身体所見】
咽頭所見:異常なし
腸管蠕動音:異常なし
腹部打触診:異常なし
(おかしい…)
(下痢を訴えているのに腸管蠕動音がそうでもない)
(別のウイルスの合併も疑ったが、咽頭所見もない)
(というか黄色ブドウ球菌のエンテロトキシンで発熱したら、トキシックショックの危険性もある。ヤバイ)
(もう一回体温を測ってもらおう。。。)
——— すみません、もう一度体温を図らせてくださいね
「あの、あ、ええと…それは…」
(なぜそこで口ごもるのだろうか…)
(嫌なのだろうか。それとも面倒くさいのだろうか。)
(まあこういうときは無理矢理でも測んなきゃいけないよ。。。)
「あ、、、」
(いや、38.0℃と全然違うじゃないかww)
(…………………………)
(もしやのもしや、何かウソをついているのだろうか…?)
(しかしウソをつく理由はなんなのだろうか…?)
(それとも何か別の珍しい病気を見逃しているのだろうか…?)
(…………………………)
(…………………………)
(…………………………)
(…………………………)
(…………………………)
(バレンタイン徴候…)
(これはバレンタイン徴候…)
(間違いない、バレインタイン徴候だ…!)
(これですべてが説明できる。)
※筆者注
バレンタイン徴候とは2月14,15日頃に20代前半の男性に好発する心因性の虚言である。
聞かれもしないのに「手作りのチョコレートを複数の女の子からもらった」などと周囲に言いふらす(基準値:3人以上)ものである。これは、「実際には誰にもチョコレートを貰えなかった、ましてや義理チョコすら貰えていない」ということを示唆する所見であり、感度は低いが特異度が高い。その中でも、フランス学派を含む一部の学派では、「手作りのチョコにより食中毒になった」と訴えるものを特に「バレンタイン病」と定義している。
病態生理は完全には解明されていないが、沢山の手作りチョコを貰えたと周囲に言いふらすことで、「誰にも何も貰えなかった」という悲しい心情を代償的に緩和する、という説が有力である。または「母親にもらった」という事実を一種のアリバイにして、それを多少盛っても罪悪感を感じにくい、という要因もあると考えられている。
そもそも「本当にモテるやつはいちいち言いふらしたりしない」のである。
——— 診断はつきました
「エ、、、」
——— 黄色ブドウ球菌による食中毒です。実は黄色ブドウ球菌の食中毒、熱がでないんですよね〜
——— 手作りのものは気をつけましょうね!
「ア、そうなんですね、、いやぁ〜、さっき何で熱が出てたんだろうなァ〜〜、ハハハ」
(ではですね、お薬を出しておきますからね。お大事にしてください〜)
——— お前がんばれよ!
※記事内容は実際には存在しない徴候名、病名が含まれています
※この記事はフィクソンデス
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