次世代シーケンサを活用した癌治療の展望とバイオインフォマティクスの重要性

バイオインフォマティクス

僕は普段、マウスゲノムの次世代シーケンサ解析をしています。

 

しかし今までは、自分の研究がどのように世の中に還元されていくのか、あまりイメージできていませんでした。

 

これは研究をする者として、由々しき事態です。

 

もし「自分の研究は社会に役立っている」と胸を張って主張できないのならば、単なる趣味と同じになってしまいます。

 

ということで今回は新潟大学が出した、次世代シーケンサの臨床応用に関する総説を紹介します。

 

 

Next generation sequencing‐based gene panel tests for the management of solid tumors

論文の題は「充実性腫瘍の管理のための次世代シーケンス技術による遺伝子パネル検査」といったところでしょうか。意味わかりませんよね。

 

まず充実性腫瘍ってなんだよって話ですが、これは「かたまり状の腫瘍」ということです。なので白血病みたいな血液腫瘍じゃないということ。

 

そして次世代シーケンサについては後でちょっと触れるにして、遺伝子パネル検査とは何か。

 

 

 

遺伝子パネルとは何か

遺伝子パネル、全くもってイメージの湧かない用語です。

 

遺伝子パネルって、日本語にすると遺伝子羽目板ってことですかね。

 

なんで遺伝子が羽目板なのか。この用語を知ってから半年くらいはキレてましたし、今でもキレています。

 

実際のところ、遺伝子パネルは「病気に関係しそうな遺伝子のブラックリスト」と捉えて良いと思います。

 

例えば東大が開発している遺伝子パネルに“Todai OncoPanel”というのがあります。東大も頑張っているんですね。

 

“OncoPanel”は和訳するとすれば「腫瘍羽目板」です。う○こパネルではない。

 

つまり東大の研究者が、「これは癌に関係あるに違いない!」と判断した遺伝子のブラックリストが“Todai OncoPanel”なんです。

 

ではこの遺伝子パネルをどう活用するか。

 

 

 

遺伝子パネル検査に期待されること

例えば胃がんの遺伝子パネル上に、A,B,Cという3つの遺伝子が掲載されていたとします。

 

病院には胃がんと診断された甲さんと乙さんが入院していて、まだ2人にとって最適な治療法が分からないとします。

 

そこで甲さんと乙さんの検体からそれぞれA,B,C遺伝子だけを解析し、どれがおかしなことになっているのかを調べます。

 

甲さんはA,Bの二つが、乙さんはCだけがおかしくなっていました。

 

とすると、甲さんにはA遺伝子とB遺伝子をターゲットとした薬は効くけれども、C遺伝子をターゲットにした薬は効かないだろうと考えられます。

 

逆に乙さんにはC遺伝子をターゲットにした薬しか効かないだろう、と考えることができます。

 

遺伝子パネル検査は、「個人個人にカスタマイズされた治療」を可能にすると期待されているのです。

 

実際はこんな単純ではないですが、イメージは湧いたでしょうか。

 

次にA,B,C遺伝子をどのように解析するのか。

 

 

 

次世代シーケンサと遺伝子パネル検査

遺伝子を検査する手法はいくつかあるのですが、最近は次世代シーケンサがアツい、と騒がれています。

 

次世代シーケンサは名前がう○こパネルより何倍もカッコいいですが、機能もカッコいい。

 

次世代シーケンサは全ての塩基配列を決定することができる機械です。

 

しかも低コストで、ヒト1人の全ゲノムを解析するのに数十万円ほど。

 

結構速く解析できるし、割と正確です。

 

でも全ての患者さんに全ゲノム解析していたら、数十万円で済むとはいえ、一人に施す医療費として高すぎる。

 

そこで遺伝子パネルに登録されている遺伝子領域だけを次世代シーケンサで読めばコスパが良いよね! っていうことなんです。

 

といったところでやっと論文タイトルの説明ができました。

 

一旦ここまでまとめておきます。

 

  • 充実性腫瘍とはかたまり状の腫瘍である
  • 遺伝子パネルとは病気に関係しそうな遺伝子のブラックリストである
  • 遺伝子パネル検査により、個人個人にカスタマイズされた治療をデザインできるかも知れない
  • 次世代シーケンサは安く速く正確に遺伝子配列を決定できるカッコいい機械
  • でもお値段が張るので、遺伝子パネル上の遺伝子だけを解析するのが現実的

 

 

 

内容のポイント

このセクションでは、論文を読んで僕が重要だと思ったポイント4つをまとめます。

 

 

次世代シーケンサを用いた解析の強み

次世代シーケンサを用いた解析の強みは、何と言っても一度に得られる情報量の多さです。

 

塩基配列が1ベースペア単位で決定できますし、一塩基置換だけでなく、挿入欠失・コピー数変化・逆位・転座を一度に解析することができます。

 

論文に書かれていた例を紹介しましょう。

 

乳がんにはHER2遺伝子に過剰発現があるものと無いものがあり、HER2遺伝子に過剰発現がある乳がんには特別な薬が効くことがあります

 

だから今までは、免疫組織化学的検査やFISH法などで遺伝子のRNA過剰発現やDNAコピー数の増幅を検出していました。

 

しかし最近、HER2遺伝子のin-frame変異も乳がんを引き起こすことが分かってきた。

 

そこで次世代シーケンサを使えば、遺伝子の過剰発現、コピー数増幅、in-frame変異を全て検出することができるのです。

 

ほかにも次世代シーケンサは

 

  • 特定の治療に対する反応に関連するシグナル伝達経路の検出
  • マイクロサテライト不安定性
  • 高頻度の変異がある表現型
  • DNA二本鎖切断の修復経路の欠損

 

など様々な異常検出を可能にします。(細かい内容に関しては僕も勉強不足で解説しきれませんが….)

 

こういった部分で、次世代シーケンサには大きな強みがあるのです。

 

 

日本でも遺伝子パネル検査の研究が進んでいる

アメリカでは次世代シーケンスに基づいた多くの遺伝子パネルが開発されていて、そのいくつかがすでにFDAの認可を得て臨床に応用されています

 

2015年にオバマが”Precision Medicine Initiative”を提案してからわずか2年後の2017年に遺伝子パネル検査は認可された。流石アメ公、すごいスピード感です。

 

一方日本でも2018年に先進医療Bに認可され、臨床研究が進みつつあります。

 

これは論文には書いてありませんでしたが、現在日本で先進医療として研究が進んでいる遺伝子パネル検査は

 

  • Todai OncoPanel
  • NCC OncoPanel
  • OncoPrime

 

の3つで、1年6ヶ月の研究期間を経て2020年までに保険適用を目指しているそうです。(参考記事

 

 

同じ癌でも、地域や人種間で変異する遺伝子が違う

そもそもなぜ日本独自の遺伝子パネル検査を開発しなければならないのでしょうか。

 

アメリカで上手くいっているものをそのまま取り入れればいいんじゃないの? という疑問もあるわけです。

 

これには明確な答えがあります。

 

同じ癌であっても、地域間・人種間で遺伝子変異の特徴が違うからです。

 

私たちの日常でも、人種の差を大きく感じる場面があります。

 

例えばお酒の強さがわかりやすい。

 

日本人はお酒に弱い民族です。

 

一定数は全くお酒を飲めないし、多くの人はあまり飲みすぎると泥酔して大変なことになります。

 

一方欧米人種はお酒を飲んでもなんともない。

 

このように人種による遺伝子のタイプが違うため、アルコールに対する反応が全く違っています。

 

癌も同じです。

 

同じ癌と診断されたとしても、人種によっておかしくなる遺伝子の傾向が違うことがある

 

論文に紹介されていた例として

 

  • 肺腺がん患者において、コーカサス人種よりアジア人種の方が、EGFR遺伝子に変異がある頻度が高い
  • 大腸がん患者において、アメリカの研究(TCGA)より日本の研究の方がHER2遺伝子の増幅が多い
  • 日本の肺腺がん患者ではTCGAの結果と比べて、EGFR遺伝子に加えてCDKN2A遺伝子、CDKN2B遺伝子、RB1遺伝子の変異が多い

 

などが挙げられていました。

 

だから単純にアメリカの遺伝子パネル検査を導入する訳にはいかないのです。

 

 

 

次世代シーケンサ研究には、適切な検体処理の徹底が大切

 

次世代シーケンサ解析を正確に行うためには、適切な検体の処理が必要です。

 

まず手術で取り出した癌のかたまりをホルマリン漬けにしてパラフィンで包埋するのですが、この時点で核酸がボロボロになるリスクがあります。

 

そのため、中性に緩衝されたホルマリンを用いる必要があるそうです(詳しいことはわかりません。ごめんなさい)。

 

またホルマリン固定をやりすぎると架橋を形成しすぎて核酸抽出に苦労するし、ホルマリン固定が弱すぎると核酸やタンパク質が劣化してしまう。

 

色々大変なんですね。

 

でも研究を始めとして将来の保険適用を見据えるのであれば、検査方法を確立するのは必須です。

 

ですから実際に検体を摘出してくれる臨床医の先生方が、適切に検体を処理してくれると色々と上手くいくのです。

 

 

 

論文内容まとめ

長くなってしまいましたので、ここで一旦まとめておきます。

 

  • 次世代シーケンサは一度に様々な異常を検出することができる
  • 2020年の保険適用を目指して、日本でも遺伝子パネル検査の研究が進んでいる
  • 同じ癌でも地域間・人種間で変異遺伝子が違うため、日本人専用の遺伝子パネル開発が重要
  • 遺伝子パネルの研究や臨床応用を推進するためには、臨床医が適切な検体処理を知ることが重要

 

 

 

マウスやヒトを対象とした次世代シーケンサによる遺伝子解析の重要性

ここからは純粋に僕自身の考えを書いていきます。

 

 

遺伝子パネル検査とがん治療の現状

 

今まで散々「遺伝子パネル検査はすごいぞ!」と書いてきましたが、課題もまだ多いです。

 

例えばある肺がん患者が遺伝子パネル検査を受け、D遺伝子に異常があると分かったとしましょう。

 

しかし「実はD遺伝子をターゲットとした遺伝子はまだ良いものが開発されていない」、ということもあり得ます。

 

それじゃどうしてくれるんだ!….ということになりかねない。

 

別の例として、遺伝子パネル検査を受けても、パネル上の遺伝子に異常はなかった! という場合も十分あり得ます。

 

その人の癌のタイプはまだ研究が進んでおらず、何が原因遺伝子が分かっていないということです。

 

このようにいくら遺伝子パネル検査の性能が上がっても、それが治療に繋がらなければ意味がないのです。

 

 

 

次世代シーケンサによる更なるバイオインフォマティクス研究が必要

遺伝子パネル検査をより良いものにするには、

 

  • 次世代シーケンサによる解析手法の質向上
  • 遺伝子パネル上の遺伝子に対応したより良い治療薬の開発
  • 遺伝子パネルに掲載できる新たな重要遺伝子の発見

 

が必要です。

 

次世代シーケンサを用いたバイオインフォマティクス研究はこれらの目的に大きな貢献をします。

 

バイオインフォマティクス(bioinformatics)は生物学(biology)+情報科学(informatics)の複合分野であり、膨大な情報を扱う近年のゲノミクスと相性が良いからです。

 

例えば全ゲノム解析の場合、ファイルの行数が十数億に及びます。

 

これらのデータを解析するにはバイオインフォマティクス的なアプローチが必須です。

 

ですからこれから個別化医療を推進していくには、バイオインフォマティクスを盛り上げていくことが重要だと考えています。

 

私はマウスの癌モデルの全ゲノム解析を行なっており、この研究には

 

  • 研究対象癌の原因となる遺伝子の発見
  • 次世代シーケンサのデータ処理手法の確立

 

という重要な目的があります。

 

そのほかにも、シングルセル解析など重要なバイオインフォマティクス研究が多くあります。

 

これらは全て、遺伝子パネル検査を始めとした個別化医療の推進に向けて、重要な役割を担っていくことは確実です。

 

 

 

おわりに

 

とても長い記事になってしまいましたが、ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。

 

次世代シーケンサに基づいた遺伝子パネル検査は、本邦においてもこれからどんどん推進されていくことが予想されます。

 

同時に次世代シーケンサに関する草の根的な研究がとても重要です。

 

もし興味を持って頂けたのであれば、本記事で紹介した論文を読んでみてください。

 

日本でもこういうことが始まっているんだな、ということを一人でも多くの方に知ってもらうことが、これからの医療に重要なのではないかと考えています。

 

以上。

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