再生医療関連の記事群からNature誌の発信力の片鱗を見た

基礎医学

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臓器を人工的に生成することで、不治の病の完治を目指す「再生医療」が、ここ数年アツい。

 

2006年8月に京大の山中伸弥氏がiPS細胞の培養に成功して以来、日本をはじめ世界的に再生医療が盛り上がっている。

iPS細胞とは、ヒトの皮下脂肪細胞などから人工的に生成される多能性の幹細胞であり、様々な臓器に再び分化することができる。その強みとしては、患者自身の細胞から臓器を再生するため拒絶反応が起きないこと、ES細胞のように卵細胞を使わないため倫理的な問題をクリアできることなどが挙げられる。

 

iPS細胞に関連する論文は主要科学雑誌から頻繁に出版されており、一部ではiPS細胞を用いた再生医療が臨床応用されている。特に日本では、2014年に「再生医療等の安全性の確保等に関する法律」が施行されるなど、世界的にみて最も臨床応用が進んでいる国と言えるかもしれない。

 

そんな中で本日、東京医科歯科大学のプレスリリースが朝日産経毎日など主要新聞各社の紙面を賑わせた。

 

iPS細胞から「ミニ多臓器」初成功 東京医科歯科大:朝日新聞デジタル
 ヒトのiPS細胞から、肝臓と胆管、膵臓(すいぞう)を同時につくることができたと、東京医科歯科大の武部貴則教授らの研究チームが発表した。iPS細胞から、それぞれの臓器がつながった「ミニ多臓器」をつくっ…
iPSでミニ多臓器を作製 東京医科歯科大が世界初
人工多能性幹細胞(iPS細胞)を使い、人の肝臓と胆管、膵臓(すいぞう)がつながったミニサイズの多臓器を作製することに東京医科歯科大などのチームが世界で初めて成功…
ページが見つかりません - 毎日新聞

 

武部貴則氏らの研究グループによると、iPS細胞から肝臓・胆管・膵臓がつながったオルガノイドを作成することに成功したらしい。(本ブログ記事の趣旨上、この研究の詳細には踏み込まない)

 

 

Nature本誌に論文が掲載されたということ

論文は昨日、科学雑誌Natureの電子版に掲載された。

NatureはイギリスのNature Publishing Group(NPG)という企業によって刊行されており、トップレベルのインパクトファクターを誇る。論文がNatureに掲載されるということは、いくらか反対意見もあるとはいえ、それがトップレベルの論文と認められたということになる。

 

Natureと言っても、本誌の他に、Nature MedicineやNature Chemistryなどより専門的な関連雑誌がたくさん存在する。その中でこの論文はNature本誌に掲載された。

Nature本誌は医学・生物学だけでなく、物理学、化学、天文学などあらゆる科学を扱っている。よって読者は様々な分野の科学者である。

しかし科学者が科学の全てを理解しているわけではない。専門外のことに関しては素人同然だ。よってNature本誌に載る論文は、自然とキャッチーで社会的インパクトの大きいものになる。

 

この論文も、「肝臓、胆管、膵臓のような有名で大事な臓器が、もしかしたら将来再生医療で応用されるかもしれない」という希望を感じさせることから、Nature本誌に掲載されたのだろう。

 

 

Nature本誌の論文は毎週水曜に電子版で公開される

Nature本誌は週刊雑誌で、紙媒体は日本時間で毎週木曜に出版される。(ちなみにScienceは金曜)

電子版では毎日新しい記事が更新されているが、Reviews, Articles, Lettersのような論文の類は、必ず水曜に公開されている

 

僕の場合、水曜か木曜あたりにNature電子版のページに行き、とりあえずタイトルだけでも目を通すことが多い(読むとは言っていない)。正直なところ論文を読むのは疲れるので、本当に気になったものしか読まない。

一方でNewsやEditorial(社説)は文章量が少なく、割と軽い気持ちで読める。これらは政治的・社会的な内容も含むため、なかなか面白い。

また少しボリュームは多いが、News Featureという項目も、考察が深くて興味深い記事が多い。

 

 

今週水曜日のEditorial(社説)

今週水曜、iPS細胞の論文と同時に公開されたEditorial, News Featureが大変興味深かった。

A stem-cell race that no one wins
Japan helped to bring stem-cell technology to the world. Its regulatory policies threaten its hard-won reputation.
The potent effects of Japan’s stem-cell policies
A five-year regulatory free-for-all in regenerative medicine has given the industry a boost. But patients might be paying the price.

 

上から順に、
Editorial:誰も得しない幹細胞競争
News Feature:日本の幹細胞政策の潜在的影響
といったくらいの記事である。

 

いずれも再生医療の一部である「幹細胞治療」に焦点を当てながら、日本の性急な再生医療政策を強く批判していた。(以下「幹細胞治療」と「再生医療」という用語を使い分けるが、ほとんど同じだと思って頂いても構わない)

 

ブログ記事の最初の方で、

特に日本では、2014年に「再生医療等の安全性の確保等に関する法律」が施行されるなど、世界的にみて最も臨床応用が進んでいる国と言えるかもしれない。

と記述したが、NatureのEditorial, News Featureではこの点を問題視しているようだ。

 

ここで先述の「再生医療等の安全性の確保等に関する法律」の第一条を引用する(一部太字化編集を施してある)。

第一条 この法律は、再生医療等に用いられる再生医療等技術の安全性の確保及び生命倫理への配慮(以下「安全性の確保等」という。)に関する措置その他の再生医療等を提供しようとする者が講ずべき措置を明らかにするとともに、特定細胞加工物の製造の許可等の制度を定めること等により、再生医療等の迅速かつ安全な提供及び普及の促進を図り、もって医療の質及び保健衛生の向上に寄与することを目的とする

 

太字で示したように、この法律は再生医療の提供・普及を促進する意図で立法されている

つまり幹細胞治療を含む再生医療をコマーシャルベースにのせることを認めており、Editorialによれば、日本は世界中の幹細胞マーケターを引き寄せる「磁石」のようになっているらしい。実際にこんなクリニックやあんなクリニックが誕生しているようだ。

 

ところが幹細胞治療の大部分は、効果や安全性が不確かだと言われている。何故ならば、これらの治療法は「二重盲検法によるランダム化比較試験」をクリアしておらず、質の高いエビデンスがないからだ。

 

しかし厚生労働省の関係者はNatureに対し、「二重盲検臨床試験は費用がかかる上、病気の人にプラシーボを投与することは倫理的な問題がある」と話したとの記述がある。個人的には厚生労働省がこんなことを言ってしまって良いのだろうか、という感想を持ったが、それは一旦置いておこう。

この法律を擁護する意見はこれだけに留まらない。

法律の支持者は、「従来型の規制ではクリニックが地下に潜ってしまい、当局が絶えず取り締まりに奔走しなければならない。いっそのこと認可してしまえば、それらのクリニックは白日の下で運営することを強いられるため、自然と透明化が形作られる」と主張するのだ。

 

こういった正当化をよそに、Editorialでは以下の二つの懸念を示していた。

  • 政府機関の承認は、患者の観点からみれば「幹細胞治療は通常の厳しさでもって承認された」と間違って理解される危険がある
  • 厳密にテストされていない治療法が多く、人々の健康をリスクに晒している

 

そして筆者は、「日本政府は承認のアプローチを再考するべきであり、法律の支持者達も法律の影響を考え直すべきだ」としている。

個人的にもこの見方には概ね賛成できる。

 

 

批判記事をiPS論文にぶつけてきたことに関して

Nature本誌のEditorialやNews Featureは、公開が水曜日と決まっているわけではない。

 

しかし今回の「幹細胞治療批判記事」は、わざわざ今週水曜に公開されている.

僕の考え過ぎかもしれないが、これらは冒頭で紹介した医科歯科大のiPS論文にぶつけてきたものだと思う。

 

今回のiPS論文は日本が誇るべき大きな研究成果であり、多くの日本人研究者がNatureのサイトに訪れることが予想される。

訪問者の一部はNature本誌のトップページを見るだろう。もしくは「ニュースでやってた論文は流石にNatureのトップページに載ってるだろう」と思って、まずトップページにアクセスする人もいるかもしれない。

今日のトップページはこんな感じだった。

 

このトップページは完全に日本人を釣っていると思うのだが、いかがだろうか。

 

ページ上部にドカンと居座るサムネイル画像には、大きく漢字で「幹細胞」の文字が!

他の国ではサムネイルを変えているのかもしれないが、少なくとも日本でアクセスすればこのサムネイル画像である。

 

僕はクリックを余儀なくされた。Natureに前述のような意図があるならば、僕はその術中にまんまとハマったことになる。

 

 

Natureの発信力の片鱗を見た

うがった見方をすれば、「Natureはイギリスの会社だから日本人のキラキラした論文に皮肉記事をぶつけたんだ! イギリス人は紳士的に見えて性格が悪い!」という感想もありえるかもしれない。

 

しかし批判記事の内容はなかなか頷ける部分が多く、僕個人としては、Natureは真面目に日本人研究者に対してメッセージを送りたかったんだろうと解釈した。

 

iPS細胞など再生医療の話題は一般に日本人の関心が高い。そこでNature Publishing Groupは、論文がニュースに取り上げられるだろうと予想したのだろうか。

彼らがそのような意図を持って、同時に耳の痛い批判記事をぶつけて来たのだとしたら、なかなかのタヌキである。

 

日本人が一番読むだろうタイミングで、日本人が誇れるような論文とバランスをとる形で関連性の高い批判記事を出せば、普段よりはるかに多くの閲覧数を獲得できるだろう。Natureは読者の日本人科学者を介して、日本の政治に何らかの影響を与えようと考えたのではなかろうか。

 

僕が論文を好き好んで読むようになったのは、ごく最近のことである。そのため普段からNature誌が何らかの意図をもって賢く記事を公開しているかどうか、判断できない。

 

しかし今週の例を見る限り、Nature本誌の編集者は相当綿密な戦略でもって記事を組んでいると思えてならない。

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